「だから、なに?」は魔法の呪文。

だから、なに?


っていうのをアファメーションにしているこの頃です。

アファメーションというのは「特定の言葉」を自分自身に言いきかせて使う「暗示」と思っている方も多いようですが、そうではありません。
 
ある感情、状態を引き出すための「トリガー」と私は考えています。

 

「だから、なに?」

 

これを口にすると、私は元気が湧いてきます。

 

何かをやろうとして、問題や壁が出てきたら「だから、なに?」と言うんですよ。

そうすると、その問題や壁が「やりたいことをやれなくなるような致命的なものとは違うんだ」という感じがします。
この世はすべて自分の「認識」ですから、致命的なダメージだと思えばそうなりますが「大したことない」って思ってしまえば、実際、乗り越える方法も思いつくし、乗り越える必要すらない、と感じるようになったりします。

 

例えば「病んでる」とか「背が低い」とか、なんでもいいです。
左足の膝を怪我したとか。
何か「ネガティブな要素」が自分にあった場合。

それを「重大な問題」としてとらえてしまうと、そこにさらにフォーカス!しちゃって、望遠鏡でのぞいているみたいに、世界は広いんだけどそこ(患部)だけアップで視界いっぱいに映し出されちゃって、もう、それが全てで、とんでもない感じがするんですよ。こんなにいっぱい血が出てるから、私歩けないって。
 
でも、フォーカスを外すとどうなるかというと、あれ、膝からいっぱい血が出ている気がしたけど、そうでもないし、怪我してるのって、全体のごくごくわずかな部分だし、私、歩けるじゃん。反対の足は大丈夫だし、怪我した足だって、足首も足の指も足の裏もふくらはぎも太ももも、ここもここも健康だし・・・全然、歩けるじゃん!って。

じゃ、そもそも患部はネガティブでもないじゃん、って。


だから、何?


は、それに気づけるワードなわけです。


お金をもっと稼ぎたい。
でも私、高卒だし。
だから、何? → 高卒でも稼いでる人いるし。学歴関係ないじゃん。

赤ちゃん産みたい。
でも私、高齢だし。
だから、何? → なんか方法あるでしょ。


私、女なのに結婚してないし、子供いないし。(実際にこれで悩まれる方がおいでです)
だから、何? → それだけが、私の価値を決めるなんてとんでもない!

ヒーリングやりたい。
でも私、才能ないし。
だから、何? → 才能とか関係ないからやればいいよね。
 

経営したい。
でも私、メンタル弱いし。
だから、何? →  関係ないか、ゴー!


だから、何?
って、あったかくつっこむと、進む力が復活するんです。


それ、大した問題じゃないし。
解決できるし、できないとしても、致命的な欠陥じゃないし。
欠陥ですらもないかもだし、どうでもいいし、そんなの〜。

深刻になりすぎてる時、ふと我にかえれますよ。